5年度第2回 : 新たな時代の航空防衛力 ~空から宇宙へ~

航空幕僚長 空将 内倉 浩昭

令和5年度第2回目の講演会(三木会)を令和5年7月20日(木)グランドヒル市ヶ谷において開催した。
今回は航空幕僚長の内倉空将に「新たな時代の航空防衛力 ~空から宇宙へ~」という演題でご講演を頂いた。
講演終了後、齊藤会長から本講演に対する謝辞と今後の激励の言葉が述べられた。

はじめに

皆さま、こんにちは。第37代航空幕僚長の内倉です。本日は貴重な機会をいただきありがとうございます。まずは、先日のつばさ会総会及び懇親会がご盛会に開催されましたことにお慶び申し上げます。現職隊員100名近くが参加させていただき、つばさ会の皆さまと親睦を深めさせていただき、非常に良い機会となりました。本日は、「新たな時代の航空防衛力 ~空から宇宙へ~」と題し、最近の情勢等から航空自衛隊の課題や取組みについてお話させていただきたいと思います。

さて、時は私が航空総隊司令官として勤務していた2022年5月に遡ります。日本の南の太平洋洋上において、中国空母「遼寧」から艦載機による発着艦が300回以上実施されました。8月には、ペロシ米下院議長(当時)の台湾訪問、中国による台湾方面への弾道ミサイル発射があり、この一部は日本のEEZ内に落下しました。10月には中国共産党大会において、習近平国家主席は台湾統一を事実上の公約に掲げました。米国は国家安全保障戦略の中で、「中国は唯一の競争相手であり最も重大な地政学的挑戦」と表現しており、米中関係は新たなステージに入ったと言えます。中国は、軍改革を推進し、2027年を「健軍100年奮闘目標」として軍備の増強と近代化を推進するとしています。このような中で航空幕僚長を拝命し、身の引き締まる思いで日々勤務をしております。

少し私自身について、紹介させていただきます。出生は鹿児島県の垂水市という桜島に程近い田舎町です。出身校は鹿屋高校で、大先輩に第13代航空幕僚長の平野 晃 元空将がいらっしゃいます。(注:旧制鹿屋中学)防衛大学校卒業後、操縦要員となり、F―15操縦者として千歳基地で勤務しました。任官後の4年間に、大変残念なことに2人の同期生を亡くし、4人の教官の殉職を目の当たりにしました。任官時の服務の宣誓において、「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め」とありますが、大変に厳しい仕事であるということを強く認識しました。また、私が、米国のF―15戦技教官課程へ入校している際に、当時の教官から教えてもらった言葉に「The more we sweat in peace time, the less we bleed in war time.」というものがあります。「平和時に汗をかけばかくほど、戦時に流す血を減らすことができる。」という意味ですが、別な意味で命の大切さを教えてくれる格言であることから、座右の銘の一つになっています。更に、私が小松基地の第306飛行隊長として勤務している時、当時団司令でいらっしゃった齊藤治和先輩からも、「余計な一言が仲間を救う。」、「準備は周到に、実効は大胆に。」という飛行訓練だけでなく隊務運営全般に通じる金言をいただきました。

さて、ここからは日本が直面する2つのリスクについてお話しします。一つ目は地政学上のリスクです。真っ青な空と穏やかな海がひと続きになって、一様に青々としている様子を「水天一碧」と言うそうです。与那国島に視察で訪れた際、まさに美しい海と空を目にしましたが、この美しい景色が、日々様々な挑戦を受けています。そして、今、この瞬間も仲間が任務に就いてくれています。北朝鮮の異常な頻度でのミサイル発射は、過去3年間で50回以上にも上り、昨年3月には、弾道ミサイルが日本のEEZ内に落下しました。また同年10月には、ミサイルが本邦上空を通過し、太平洋に落下しました。つい先日にも、岸田総理がNATOにおける会議出席のためリトアニアへ訪問されている中、ロフテッド軌道によりミサイルを発射しました。中国については、中国海軍の戦略展開目標として、2020年までに第2列島線へと活動範囲を拡大させるとしており、着実にその能力を向上させています。2013年には、海上自衛隊艦艇に対するレーダー照射事案や、尖閣諸島を含む形での東シナ海防空識別区の設定がありました。2014年には、自衛隊ISR機に対して中国軍機が挑発的な接近を繰り返すという状況も発生しました。

米国の軍事専門家であるピーター・シンガー氏等が、著書や論文等で警鐘を鳴らしている「起きるかもしれない最悪の事態のイメージ」というものがあります。宇宙・サイバー領域における先制攻撃により、警戒監視網や防空システムが機能不全に陥り、その間に弾道・巡航ミサイルによる一斉攻撃が行われ、航空戦力は飛び立つこともできず、最終的には政経中枢が破壊されるというものです。先日、ピーター氏に再会する機会に恵まれましたが、「現実は当時の推測よりも深刻になっている」との見解を聞きました。ウクライナで現実に起きている事態を見れば、決して誇張した表現ではないと理解できます。日常の生活が、ロシアの攻撃により一瞬にして惨状へと変化しています。これが、私たちのいる東アジアにおいても起きないという確証は得られない状況です。G7において、最もロシアとの国境線が近いのは日本です。中国とロシアによる海と空での共同巡航についても定例化しつつあるように見て取れます。2022年5月にも、中国とロシアはQUAD開催に対する示威行動ともとれる共同巡航を東シナ海上空で行いました。

二つ目のリスクは、自然災害のリスクです。大雨や台風等の災害により、国民の皆さんの生活が脅かされています。災害が起きた時に真っ先に駆けつけてくれるのが陸上自衛隊のFast Forceですが、航空自衛隊も救難部隊がヘリを使用した住民の救助にあたってくれます。救難部隊においては、「so that others may live」というものがあり、意味は「他を生かすために、いかなる努力もいとわない」ということだそうです。まさに私たちの仲間が命懸けで救助に当たってくれています。

私たちは、空と宇宙の守りの常設の「日本代表」であり、「プロ集団」です。代えのきかない空の主兵です。プロは結果が全てであり、努力賞はありません。代わりがいませんので、何があっても間断なく任務を遂行しなければなりません。昨年1月には、飛行教導隊において2名の仲間を失う事故がありました。行方不明のパイロットの捜索を行っている間にも、任務や訓練は継続しました。リスクを管理しながらも「飛び続ける」ということが、私達の使命であると考えています。

安全保障のキーワード

これから2つのことについてお話します。一つ目は安全保障のキーワードについてです。「領域横断作戦」という言葉は、今般改訂された国家安全保障戦略においても明記されているところです。我々の活動領域は、従来の陸・海・空に加え、宇宙・サイバー・電磁波を合わせた6つの領域が存在します。我々は、もっともリスクが大きい状況において、各領域をまたぐ作戦能力を発揮することが必要となっています。「イラクの自由作戦」においては、すでに米陸・海・空軍に加え、英空軍による領域横断作戦が実施されていました。宇宙、航空、陸上、海上のセンサーからシューターまでを分単位で連携させ任務を遂行する態勢を構築する必要があります。

次に「宇宙領域把握」について。国際公共財としての海、空の自由の確保が重要であることは言うまでもなく、我々は宇宙領域の安定利用の確保にも取り組む必要があります。現在、宇宙状況を把握するためのセンサーは建設中ですが、我が国の衛星に対して接近する衛星があれば、センサーで発見し、宇宙状況把握システムにより接近解析を行い、衝突の危険性がある場合は、衛星運用者に対して警報を伝達するという活動を行っています。我々の能力構築にあたっては、前宇宙軍作戦本部長のレイモンド大将の存在が極めて大きいものでした。日米同盟の深化による人と人のつながりが大きく影響したと思います。

次に「戦略的コミュニケーション」について。戦略的コミュニケーションの重要性については、米太平洋軍司令官であったハリス大将がスピーチの中で述べられていました。抑止力とは、能力と意思に加え、発信により効果が得られると。また、15分のスピーチの場で「Indo-Pacific」という言葉を8回使用し、これ以降、この言葉が様々な場で広く使われるようになりました。戦術レベルにおいても、様々なレベルでの日米共同訓練を行い、タイムリーに動画や写真で発信をしています。

航空自衛隊の主な取り組み

二つ目として、航空自衛隊の主な取り組みについてお話しします。まずは「Capability(能力の向上)」です。航空防衛力発揮のためには、センサー、指揮統制機能、シューター、運用支援機能と、これらを支える運用基盤機能の有機的な機能発揮が必要です。国家防衛戦略にも記載されていますが、統合防空ミサイル防衛、いわゆるIAMDという対応が必要とされています。これは、従来の防空と弾道ミサイル防衛に加え、巡航ミサイルの対処を同時に行うという非常に難しいものです。これを達成するために、キル・チェーンの総合的な強化に取り組んでいるところです。先のラグビーワールドカップに臨んだ日本代表は、地獄の宮崎合宿を通じて一人ひとりが「自分超え」を果たし、ベスト8という素晴らしい結果を残しました。「One Team」というスローガンが有名になりましたが、ヘッド・コーチは加えて、「Do Your Job」ということも同時に言っています。一人ひとりがしっかりと役割を果たすことで、自分達の目標が達成できるという考え方です。私たちもこれに倣って個々の能力の向上を目指し、各種訓練等に取り組んでいます。

次に「Connectivity(つなぐ)」について。ここでいう「つなぐ」は、装備品やシステム同士をつなぐだけでなく、心と心をつなぐという意味も含まれています。ネットワークの進化は目覚ましく、身近な携帯電話が大きく進化しているように、装備品間のネットワークも大きく進化しています。それ以前の装備品との間の連携をうまく行うことも、重要な課題と認識しています。心と心のつながりについては、同盟国の米国だけでなく、多くの空軍参謀長等と個人的にも親密な関係を構築することができています。英・伊との次期戦闘機の開発という画期的なプロジェクトも、是非成功させたいと思っています。また、運用、後方といった私たちの活動に加え、防衛産業との相乗的な連携が不可欠と認識しており、このために人、物、情報の循環を図る必要があると考えています。加えて、私たちは地域の皆さまの理解無くして活動はできません。各種災害においては、必要な協力を速やかに提供できるよう連携を密にしています。

最後に「Challenge(挑戦)」です。航空自衛隊は、F―35などゲームチェンジャーと言われる新たな装備品を導入しています。そして、これからもAIなど新たなテクノロジーの実用化にも取り組んでいきます。丸茂・井筒両空幕長が推し進めてこられたシンカ(進化・深化・真価)からさらに踏み出し、F―35のような革新的な装備品の能力を発揮できるように努めていきます。飛行教育の分野においても、技術の進歩は目覚ましいです。先日、航空自衛隊からも要員を派遣しているイタリアの国際飛行訓練学校を視察し、先進的で高度に体系化された教育システムを導入していることを確認しました。もう一つの挑戦は、作戦基盤の抗堪性・強靭性の向上です。巡航ミサイルや弾道ミサイル等により、自衛隊の基地が被害を受けたとしても、民間空港等への分散配置や、被害を受けた基地の復旧により作戦が遂行できるよう必要な資器材の確保、そして自治体等との連携を進めていく必要性を感じています。ロシアによるウクライナ侵略においては、実際にミサイル攻撃による基地等への被害が報じられています。米軍において実施されているような同種対策も参考にしつつ、実効性を高める方策を模索しています。機動展開能力の向上のため、輸送機等の増勢も行っていきます。また、公共インフラの活用の観点から民間空港利用も進めており、これは国民保護の観点からも有益であると考えています。F―35B、無人機に係る能力の獲得や宇宙領域に係る挑戦についても逐次、進めていきます。

さて、先程から様々なスポーツを例にとりながら説明を行ってきましたが、国の守りにおいては、「美しき敗者」はいない、「次の大会」はないという点が、決定的な違いであり、私達はそのことを肝銘し、日々の任務に臨んでまいります。誰もがいつでも空を見上げられる安全・安心な社会を守れるように、私たちの故郷がいつまでも安全を保てるように、更には大切な人を守るため、どんな逆境にも怯まず冷静沈着に立ち向かえる強さと、困難な状況にある国民に寄り添いながら、必要な支援を提供できる優しさを併せ持った航空自衛隊を造っていきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。